🎤 RESEARCH × HIGH SCHOOL

楽器ごとの
マイク、
もう要らない

スタジオでバンド練習を録音しても、全部の音が混ざってしまって「自分のパートだけ聞き返したい」が叶わない。 かといって楽器1つずつにマイクを立てるのは大変すぎる。 そこで使うのが、音が「どっちの方向から来たか」まで記録できる特殊なマイク——たった1台を置くだけで、聞きたい楽器を後から前に出して聞き返す研究です。

🎙️ 🥁 🎸 🎹 🎤 🎸 FOA mic (4ch)
SCROLL ↓
CHAPTER 01

録音した練習、なぜ聞き返しにくい?

スマホやICレコーダーをポンと置いて録るだけ——手軽だけど、出てくるのは全パートが混ざった1つの音のかたまり。 ちゃんと分けて録ろうとすると、今度は マルチトラック録音MULTITRACK楽器ごとに専用のマイクを立てて、別々のトラックに録音する方法。プロの現場で使われるけれど、機材も配線も手間も大変で、練習のたびにやるのは現実的じゃない。 が必要で、準備が大変すぎる。「手軽さ」と「あとで分けられること」を両立させたい——それがこの研究の出発点です。

Q

音が混ざるとなにが困る?

録音を聞き返すと「自分のパートが他の楽器に埋もれる」「ドラムやベースだけ大きすぎる」。どこを直せばいいのか分からず、練習の振り返りに使えません。

Q

なぜふつうのマイクだと混ざる?

ふつうのマイクは「音の大きさ」しか記録しません。だから複数の楽器の音が時間的にも周波数的にも重なり、あとから1つずつ取り出すのがとても難しいのです。

Q

AIで分ければいいのでは?

機械学習で音を分ける方法もありますが、学習データに依存し、編成(楽器の組み合わせ)が変わると弱い。さらに倍音が消えて不自然な音になりがち。「聞き返し」には向きません。

Q

完全に分ける必要はある?

じつは「ない」。聞き返しに必要なのは、目的のパートがはっきり聞こえること。他の音が少し残っても、目当ての楽器が前に出ればOK——ここに発想の転換があります。

CHAPTER 02

カギは、音の「方向」を記録すること

この研究の主役は アンビソニックスマイクAMBISONICS4つのマイクを1つの本体にまとめた特殊なマイク。音の大きさだけでなく「前後・左右・上下のどっちから来た音か」という方向の情報を、4チャンネル(4トラック)で記録できる。楽器ごとに専用マイクを立てなくても、これ1台を置くだけで空間まるごとを録音できる。。 ふつうのマイクが「音の大きさ」だけを記録するのに対し、こちらは音がどの方向から来たかも一緒に記録します。 楽器はステージ上の決まった場所に置かれているから、「方向」が分かれば「どの楽器か」の手がかりになるのです。

ふつうのマイク
🎙️ 音の大きさ だけ

記録されるのは「大きさ」のみ。全部の楽器がこの1本の波にぐちゃっと畳み込まれていて、あとから分けるのは至難の業。

アンビソニックスマイク
🥁 🎸 🎹 🎤 🎙️ 大きさ + 方向

「どの方向から来た音か」も記録される。だから後から「この方向=ドラム」と狙って、その向きの音だけを前に出せる。

CHAPTER 03

どうやって前に出す?──4ステップ

この研究のすごいところは、AI(機械学習)に頼らず、音の性質を計算でうまく扱うことで実現している点。 だから学習データもいらず、どんな編成にも使えます。流れはこの4つ。

01

方向を決める

🎙️ 🥁 θ, φ を設定

本番前に各パートを単独で少し鳴らし、その音から「どの方向にいるか」を計算で割り出します。

02

その方向を強調

SH beam

SHビームフォーミングSH BEAMFORMING記録した方向の情報を組み合わせて、特定の向きに「聞き耳」を立てる技術。望遠鏡のように狙った方向の音を大きく、他の方向を小さくできる。で、狙った方向の音を相対的に大きくします。

03

混ざりを抑える

MWF で他パート↓

それでも残る他パートの「回り込み」や反響を、 MWFMulti-channel Wiener Filter多チャンネル・ウィーナーフィルタ。たくさんのマイク信号の統計をもとに、目的の音だけを残して邪魔な成分を計算で削るフィルタ。狙った楽器をさらにくっきりさせる仕上げ役。という計算で削ります。

04

自由に再ミックス

faders

取り出した各パートを、音量つまみ(フェーダー)と左右配置(PAN)で調整。「自分を前に、ドラムを少し下げて」が後からできます。

CHAPTER 04

結果:どれだけクッキリしたか

5つの楽器(ドラム・ギター・ボーカル・ピアノ・ベース)で、処理前と処理後の「狙った音の聞きとりやすさ」を SI-SDRSI-SDR [dB]取り出した音が「正解の音」にどれだけ近いか、邪魔な成分がどれだけ少ないかを表す指標。数字(デシベル)が大きく+になるほど、目的の音がきれいに取り出せている、という意味。 という指標で測りました。バーが長いほど「クッキリ改善した」ことを表します。

📊 楽器ごとの改善量(処理前 → 処理後)

数字は SI-SDR の改善量 [dB]。+が大きいほど目的の楽器がはっきり聞こえるようになった。
🥁 ドラム+17.63 dB
いちばん改善
🎸 ギター+14.96 dB
🎤 ボーカル+9.96 dB
🎹 ピアノ+8.14 dB
🎸 ベース+2.46 dB
いちばん改善した楽器
+17.6dB
🥁 ドラムが大きくクッキリ
クッキリ改善した楽器
5パート
↑ 全部が+に改善した
楽器ごとの専用マイク
0
↑ マイク1台(4ch)だけでOK

※ 数値はマルチトラック音源から作ったシミュレーションでの評価結果(2秒区間×10回の平均)。 実験からは「マイクと楽器は近いほど、楽器どうしの角度差は大きい(50°以上)ほど取り出しやすい」という、 録音のコツも分かりました。音量が小さい楽器(ボーカルなど)ほどマイクに近づけて置くのがおすすめ、というわけです。

「完全に分ける」のをやめたら、
ちょうどいい答えが見つかった。

この研究がうまくいったのは、「楽器を完璧に分離する」という難しすぎる目標を捨てて、 「聞き返すのに必要なだけ、目的の音を前に出す」という現実的なゴールに切り替えたから。

難しい問題に正面からぶつかるだけが研究じゃない。 「本当に必要なことは何か」を問い直すことで、シンプルで役に立つ答えにたどり着けることがあります。 ——それが、研究のいちばんおもしろいところ。

CHAPTER 05

この研究、
どんな 学問 でできてる?

専用マイクなしで聞きたい音を前に出す——この研究は、いくつもの分野が重なり合ってできています。高校の「数学」や「物理」が、こんなところで活きています。

📡

信号処理

音の波からパターンや特徴を取り出す技術。「方向ごとに聞き耳を立てる」ビームフォーミングの土台になっています。

🔊

音響工学

音が空間をどう伝わり、反射するか。アンビソニックスで「方向」を扱えるのは、音の物理を理解しているからこそ。

📐

数学(三角関数・行列)

方向の表現や、複数マイクの信号を組み合わせる計算は、三角関数や行列の世界。高校数学の延長線上にあります。

📊

統計・確率

MWFは、信号の「統計的な性質」をもとに邪魔な成分を削るフィルタ。データのばらつきを扱う数学が活躍します。

💻

情報科学・プログラミング

これらの計算をコードにして、録音から聞きたいパートを前に出すシステムに。理論を「動くもの」にする力です。

🎵

音楽・メディア表現

「練習を聞き返したい」という音楽の現場のニーズが出発点。技術が人の表現を支える、その接点にある研究です。